儀礼としてのショッピング枠現金化の最近のブログ記事
自分を見つめる、ということは、誰でもしているのではないか?子供でも大人でも、自分を振りかえらない人はいないだろう。それだけ、顧みる、ということは、人間の本能、と言えるのかもしれない。むろん、わたしも、事ある毎に、自分を振り返った。大学入試の時、大学卒業の時、フリーターを止め、派遣社員になった時、派遣社員を止め、SOHOを始めた時、その他諸々。特に、わたしの場合、離婚とショッピング枠現金化をほぼ同時に行ったので、自然と自分の行いを振りかえった。毎日、パチスロをし、自分の収入以上に、資金を使ったこと。当時の妻と何度も喧嘩し、特に、お互い血を見たこと。連れ子に説教され、恥ずかしく感じたこと。見渡せば、欲の塊だった。けれども、離婚とショッピング枠 現金化については、後悔していない。それは、すでに数年経った今でも、心の底から思っていることだ。人は、儀礼を行うことで、仮想の死を経験し、次の生に立ち向かおうとする生き物と言われている。そのため、儀礼の乏しい現代においては、仮想の死を経験できず、気持ちのリセットが効かない、とも言われている。だが、今は、そういう儀式も、それぞれの個人で、担うものなのかもしれない。離婚とショッピング枠現金化。わたしにとっての人生のリセットであったと思っている。
